ハクソー・リッジ~戦争に個人の思想は必要か
緑豊かなヴァージニア州の田舎町で育ったデズモンド・ドスは、第2次世界大戦が激化する中、陸軍への志願を決める。先の大戦で心に深い傷を負った父からは反対され、恋人のドロシーは別れを悲しむが、デズモンドの決意は固かった。だが、訓練初日から、デズモンドのある“主張”が部隊を揺るがす。衛生兵として人を救いたいと願うデズモンドは、「生涯、武器には触らない」と固く心に誓っていたのだ。上官と仲間の兵士たちから責められても、頑として銃をとらない。とうとう軍法会議にかけられるが、思いがけない助けを得て、主張を認められたデズモンドは激戦地の〈ハクソー・リッジ〉へ赴く。そこは、アメリカ軍が史上最大の苦戦を強いられている戦場だった。1歩、足を踏み入れるなり目の前で次々と兵士が倒れて行く中、遂にデズモンドの〈命を救う戦い〉が始まる──。©Cosmos Filmed Entertainment Pty Ltd 2016
主人公のデズモンド・ドスは良心的兵役拒否者(Conscientious objector)です。
この良心的兵役拒否とはいったいどういう人なのか。私が理解するに、兵士として戦争に参加するのは反対ではないけれども、宗教的な理由などで一部の兵役、例えば銃を持つとか人を殺すとかそういったことができない人物です。
デズができなかったのは銃を持つということ。
映画では簡単にするために触れられていませんでしたが、銃だけでなく手りゅう弾などの火器、つまり人を殺す兵器は持たない考え方であろうと想定されます。
火器を持たない兵士が最前線でできることと言えばたった一つ。
傷ついた兵士に応急処置をするメディック役です。
しかしデスはすんなりメディックになれたわけではありません。
彼の強い意志に尊敬を表す兵士もいましたが、上司を含めて基本的には彼を邪魔者扱い、腫物扱いです。
簡単に言ってしまえば、同じ隊に所属する同僚から疎まれ、ひどい暴力も受けます。
最終的には軍事裁判まで行われますがぎりぎりのところで彼の主義が尊重され、彼はメディックになり戦地に赴くのです。
国の違いはあるとしても、万歳アタックをやっていた日本とは個人に対する考え方が1歩も2歩も進んでいますね。
やっとのことで彼が配属されたのは沖縄。
ご存知の通り民間人を含めた多くの人が犠牲になったあの激戦地です。
犠牲になったのは日本人ばかりではありません。アメリカ兵も相当数やられています。
いたるところから飛んでくる銃弾に擲弾筒。さらには銃剣を使った肉弾戦と苦戦を強いられます。
デズは火器類を一切持っていませんでしたが、勇敢に立ち回り日本人も含めた70人以上の兵士の命を救ったのです。
このお話は事実で本人の映像も最後についております。
デズの行動は賞賛すべきで、人間というのはかくあるべきだと思います。
しかし、沖縄戦では、20万人以上の人が死んでいます。それを考えると、より一層戦争のむなしさを感じてしまいます。
裏側に流れるテーマは置いておいて、戦争シーンはかなり見ごたえあります。
もういいよ、こんなシーン見たくないと思うくらい残酷なのですが、映画で体験できるのはほんの数十分ほど。
実際の戦地はこれが何日も何日も続くんですよね。
どんな理由があれ、爆弾や銃器をつかって殺し合いをするのは間違っていると思います。