アマプラビデ王の日々

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ペインレス~痛みを感じない者たちが見せる、静かな恐怖と人間の狂気

 

ペインレス [DVD]

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この映画、見終わったあともしばらく頭の中に残ります。いわゆるサイコパス系の作品なのですが、ただショッキングな映像やグロ描写で押し切るのではなく、観る者の精神にじわじわと染み込んでくる私が大好きなタイプ。

途中で何度か「もう止めようかな…」と思う場面もあるのに、不思議と続きを見ずにはいられませんでした。ラストまで展開が読めず、観終わる頃には疲労感と妙な満足感が同時に残ります。

 

映画をざっくり紹介+動画

舞台は内戦時代のスペイン。痛覚を持たない子どもたちが次々と生まれ、政府は彼らを「危険な存在」としてフランス国境近くの施設に隔離します。物語の中心となるのは、幼い頃から異質な存在として描かれる少年ベルカノ。そして現代、事故で癌が発覚した青年ダビット。臓器提供を断った父から「お前の親は別にいる」と知らされ、さらに「過去は調べるな」と釘を刺されますが、ドナーが見つからなければ命はない。必死に過去を追いかけるうちに、ベルカノと自分の間に何らかの繋がりがあることを知り、その先には「狂気と死」しかないという、重苦しい真実が待ち受けています。


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静かに忍び寄る恐怖

この映画の怖さは、ホラーのようにドカンと驚かせる類いではありません。むしろ、背後からヒタヒタと近づく足音や、廊下の奥で動く影のような、視界には入らない恐怖。

ベルカノの狂気やナチスによる非人道的な行為が断片的に差し込まれるたび、画面から冷気が流れ込んでくるような感覚を覚えます。ベルカノが拷問官として女性を前にした場面では、彼が何に反応したのかが判然とせず、私は本気で巻き戻して確かめたくなりました。歌声なのか、それとも涙なのか。さらにその女性との間に子どもが生まれますが、出産の瞬間、彼女は動かず、私は「もしかしてベルカノが摘出したのでは?」と背筋が凍りました。

 

「痛み」とは何かを問う物語

物語を通して問いかけられるのは「痛みとは何か?」というテーマです。ベルカノは肉体的な痛みを一切感じませんが、精神的な痛みはどうなのか。一方で、子どもたちを牢屋に閉じ込め、拷問を繰り返した医師や、恐ろしい提案を平然としたダビットの父親は、他人の痛みを理解していたのでしょうか。肉体の痛みは感じても、精神的な共感を欠いた人間こそが、真に恐ろしい存在ではないかと思えてなりません。背景に描かれるユダヤ人迫害も同じで、同じ人間とは思えないほどの残虐さは、想像力の欠如なのか、あるいは環境が人をそうさせるのか、答えはなく、観客に重い問いを投げかけます。

 

無表情の奥に潜む狂気 ― 俳優陣の存在感

俳優陣の中でも、ベルカノ役の存在感を放っているのは Tómas Lemarquis(トマス・レマルキス)。感情の起伏をほとんど見せず、無表情のまま淡々と行動する姿は、それだけで異様な空気を放っています。目線やわずかな動作の変化が、観る側の想像力を刺激し、「この男は次に何をするのか」という不安を常に抱かせます。過剰な演技ではなく、抑えた演技で恐怖を作り出すのは、まさに巧みというほかありません。

 

予想を裏切る潔いラスト

そして迎えるラスト。私は、親子の再会による和解か、あるいは悲劇的な結末かのどちらかだろうと予想していました。しかし物語は予想を裏切り、火がすべてを飲み込み、潔く幕を下ろします。感動的な余韻も説明もなく、ただ燃え尽きた光景だけが残る。それが逆に強烈な印象を残し、「変にお涙頂戴で終わらなくて良かった」と心底思いました。視聴後の後味の悪さまで含めて、この作品は記憶に刻まれる一本です。静かな恐怖と人間の狂気を、これほど重く描いた映画はそう多くありません。