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悪魔と夜ふかし|テレビ番組風の、変わり種オカルトホラー

悪魔と夜ふかし(字幕版)

悪魔と夜ふかし(字幕版)

  • デヴィッド・ダストマルチャン
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全編がテレビ番組の体裁で押し通されていて、途中から自分がスタジオの観客席にいるような感覚になります。冒頭はホラーかどうかわからず、どういうスタンスで見ればよいかわからなかったのですが、最後まで見て感じたのは、今までとはちょっと違う感覚のホラーですね。暑い日にはいいですよ。

どんな映画?

『悪魔と夜ふかし』(原題:Late Night with the Devil)は2023年制作、オーストラリア・アメリカ・アラブ首長国連邦の合作ホラーです。監督はコリン・ケアンズとキャメロン・ケアンズの兄弟で、脚本と編集も自分たちで手がけています。日本では2024年10月4日、ハロウィン直前の金曜日に公開されました。上映時間は93分、レーティングはPG12です。1977年のハロウィンの夜、視聴率低迷にあえぐ深夜トークバラエティ番組が、悪魔を生出演させようとして大惨事に陥る、という筋書きになっています。

テレビ番組ふうの作りが効いている

この映画の一番の特徴は、番組収録のマスターテープが見つかった、という体裁で全部を見せてくることです。おかげで観る側は「映画を観ている」というより「深夜番組をたまたま観てしまった」ような気分にさせられます。この見せ方のおかげで、途中まではよくあるホラーの怖さとは別の、じわじわくる不気味さがありました。少し古めの映像処理にしてあるのも効果的で、70年代のテレビをそのまま覗いているような錯覚があります。

キャストについて

主人公の司会者ジャックは人当たりの良さと胡散臭さが良く表れていたと思います。悪魔が憑いているとされる14歳の少女リリーを演じる彼女は、見た目がほんとうにかわいらしい。だけど可愛らしさって不気味さって同じ方向なのですかね、憑依後の彼女の表情はほんと恐ろしい。

霊媒師クリストゥが、いかにも怪しい雰囲気が出ていて、こういうインチキ霊媒師いるなぁと思ってしまいます。超常現象を否定する元マジシャンのカーマイケル・ヘイグ(イアン・ブリス)が場をかき回す役どころで、超能力を頭から信じない人間も出てくるので、単なる肯定一辺倒の話にならず面白く観られました。

70年代のオカルトブームと、疑う側の存在

この映画の舞台になっている1977年前後のアメリカは、1973年公開の『エクソシスト』などをきっかけにオカルトブームが起きていた時期です。超能力や心霊現象がテレビや雑誌で盛んに取り上げられていて、それを頭から信じる人もいれば、トリックだと暴こうとする懐疑派もいました。劇中の元マジシャン、カーマイケル・ヘイグにはモデルがいて、超能力を科学的に証明できれば賞金を出すと公言していた実在の懐疑派奇術師がベースになっているそうです。この構図、日本でも覚えがあります。むかしテレビで、超能力を否定する立場の大槻義彦教授と霊能力者側が対決する企画をよく見た記憶があるのですが、あれと近いノリです。信じる側と疑う側がスタジオでぶつかるという構造は、国が違っても似たようなものが生まれるんだなと感じました。

後半からはガチのホラーに変わる

前半は番組を茶化して観ていられるくらいの余裕があるのですが、後半に入ると空気が一変します。単に悪魔が出てきて暴れるという単純な話ではなく、現実と妄想の境目がだんだん曖昧になっていくやり方で進むので、理屈抜きにただ怖いです。この手法自体は目新しいものではないのですが、じわじわ追い詰められる感覚がしっかり効いていました。

妻の死にも理由があった

物語の途中で分かってくるのですが、ジャックは会員制の秘密クラブ「ザ・グローブ」に出入りしていて、そこで何かしらの儀式に関わっていたことが匂わされます。妻のマデリンはタバコを吸わないのに肺癌で亡くなっているのですが、これがどうも普通の病死ではなく、その儀式の代償だったらしいことが後半で見えてきます。人気司会者としての成功と引き換えに、妻の命が差し出されていたわけです。そして、その代償を払って手にした成功も、結局は生放送中に悪魔を呼び出し、カメラの前で人を死なせてしまったことで得たものでした。何かを得るためには何かを失う、という構図がそのまま悪魔との取引として描かれていて、後味の悪さに拍車をかけています。

結局、何だったのかは分からないまま終わる

映像を巻き戻すと、リリーの憑依そのものは本物だったらしい描写があるので、ジャックが完全に妄想で刺したわけでもなさそうです。ただ、あの場で本当に刃を握っていたのは悪魔でもリリーでもなく、ジャック自身の手です。劇中で繰り返される「飲み干せ」「刺せ」といった不穏な演出も、悪魔との契約という形で見せていたのだと気づきます。犠牲として妻が失われ、結局は生放送中の殺人という最悪の形で有名になってしまったという何とも救いようない映画でした。